RubyKaigi 2026 に参加してきた
RubyKaigi 2026 に参加してきた。何から書き始めればよいのか、少し迷っている。技術の話、人との再会、家族と過ごした函館の時間。それぞれ別の話題のようで、同じ数日の中でゆるくつながっていた。
今年の RubyKaigi で強く感じたのは、いろいろなものが動いているということだった。Ruby そのものも、Ruby を取り巻く技術環境も、自分とコミュニティとの関わり方も変わっている。
Ruby の変化を感じたトーク
RubyKaigi の記事なので、技術トークのことから書いておきたい。
Matz のキーノートは印象に残った。話を聞きながら、いろいろな心中を想像した。ただ、いちばん強く残ったのは、Spinel を実際に試してみたいという気持ちだった。帰宅後すぐに試して、記事を書いた。
その後、急にいいねが増えていることに気づいた。Twitter を開くと、Matz がツイートしてくれていた。素直に嬉しかった。
Matz のツイート
さらに嬉しかったのは、RubyKaigi で再会するかつてのチームメンバーが、リポストしてくれたことだった。
私が初めて RubyKaigi に参加したのは 2018 年だった。2017 年に参加していたそのメンバーが勧めてくれたのがきっかけだった。当時は技術的な話をほとんど理解できなかった。それでも少しずつ積み上げてきたものがあって、今回のトークを聞きながら、そのことを少しだけ実感した。同時に、自分が立っている足場そのものも大きく動いているように感じた。
もう一つ、特に印象に残ったのは、笹田さんの The AST Galaxy to the Virtual Machine Blues だった。
ASTro という AST-based Optimization Framework の紹介だった。個人的に面白かったのは、Merkle tree が使われていたことだ。Merkle tree はブロックチェーンの文脈で少し触ったことがある。たとえばエアドロップで allowlist の計算をして、ガス代を抑えるために使われる。その技術が Ruby の最適化に出てくるのが面白かった。
笹田さんが Ractor ではなく、新しい技術について発表していたことも印象に残った。Matz のトークと笹田さんのトークを聞いて、今年の RubyKaigi は、Ruby が大きく変わろうとしている気配を感じる場になった。
社内イベントとしての RubyKaigi
RubyKaigi は、いまでは社内のサーバーサイドエンジニア全員が参加するイベントになっている。今年は LT として参加するメンバーもいた。その背後にある努力を思うと、こみ上げてくるものがある。
Official Party でもそのことを考えていた。ただ、うまく言葉にはできなかった。まあ、それはそれでよいのだと思う。言葉になる前の感情として残しておくことにも、たぶん意味がある。
技術カンファレンスは、技術を学ぶ場所であると同時に、人が変わっていく過程を見る場所でもある。かつて一緒に働いていた人と再会し、いま一緒に働いている人の挑戦を見て、自分自身の変化にも気づく。RubyKaigi は私にとって、そういう時間になっている。
家族と歩いた函館
ここからは Kaigi 以外のことを書く。
本当は函館で再会する予定だったメンバーがいたのだけれど、今回は会うことができなかった。メールで少しやり取りをして、「ぜひ函館の夜景を見てください」と言われた。
じつは初日に函館山へ行く予定だった。しかし飛行機が遅延し、予定を見直すことになった。今回も家族を連れての参加だったので、遅延がわかったときに少し騒ぎになった。
個人的には、空港で Rubyist のしおいさんと偶然話す時間ができたので、よかった部分もある。ただ、子どもは最初かなり怒っていた。
飛行機の遅延アナウンスは何度かあった。私はそのたびに子どもへ伝えたのだけれど、伝え方を間違えたように思う。何度も期待を持たせては先延ばしにする形になってしまい、子どもの怒りはだんだん頂点に達し、ついには泣き始めた。
そこで気づいた。子どもの怒りは、函館旅行を楽しみにしていた気持ちの大きさの裏返しだった。怒り過ぎだよと言って諭そうとしていた自分を少し反省した。たぶん、楽しみたいという感情のほうがずっとピュアだった。
飛行機には数時間遅れで搭乗できた。機内でズートピア 2 を見られたことで、子どもは一気に機嫌を直した。
そんなわけで函館の夜景は見られないはずだったのだけれど、そのメールをもらったこともあって、二日目に予定を調整して函館山へ行くことにした。人が多くて少し大変だったが、夜景はとてもきれいだった。夕暮れ時から山に登り、空の色が変わり、街の光が少しずつ増えていく様子を見ながら、いろいろなことを考えた。
函館山の夜景
自然の色の美しさ。光の一つひとつにある、人の生活の営み。そういうものを、ぼんやりと眺めていた。
函館山の夕暮れ
五稜郭の桜
最終日には五稜郭の桜を見に行った。ホテルの近くだったので、それまでも少しずつ見ていたが、この日は長めに時間を取った。
函館で見たいと思っていたものの一つが、五稜郭の桜だった。新選組や五稜郭の歴史にそこまで詳しいわけではない。それでも、明治維新の動乱の中で、人はどう生きたのかと考えることがある。五稜郭の桜を見たら、自分の中で何か変わるだろうか。少しそれを確かめたかった。
子どもたちも少し歴史に興味を持ったようだった。いつか司馬遼太郎などを通じて学ぶことがあるのだろうか。できれば、島崎藤村の『夜明け前』を読んで、何かを感じる機会があればよいなと思った。
おわりに
今年の RubyKaigi も、技術の変化と、人の変化と、家族との時間が重なった数日間だった。
Matz のトークを聞いて Spinel を試し、笹田さんのトークで Ruby の最適化の新しい方向を感じた。社内のメンバーが RubyKaigi に参加し、LT に挑戦する姿も見た。かつてのチームメンバーとのつながりも、いまも細く長く続いている。
函館では、飛行機の遅延に泣く子どもを見て、楽しみにしていた気持ちの大きさを知った。函館山の夜景を見て、五稜郭の桜を見て、歴史と生活と時間の流れについて考えた。
うまく一つの結論にまとめる必要はないのかもしれない。RubyKaigi は、技術だけではなく、自分がどのように生きて、誰と時間を過ごし、何を次の世代に渡していくのかを考える場所にもなっている。
たんぽぽが大きかった