カメラとの関わりを思い出すための記録
2025 年、他界した伯父からのフィルムカメラを譲り受けた。シャッターを切るたびに、幼い頃に触れたフィルムカメラの感触が蘇る気がする。これをきっかけに、自分とカメラの関わりを振り返ってみたくなった。記録から表現へ、便利さから制約の価値へ。30 年以上にわたるカメラとの旅路を辿ってみる。
幼少期〜:カメラの感触
おそらく幼少期は小さなコンパクトフィルムカメラのシャッターを押したことはある。祖母が撮る写真はよく頭が半分見切れてたことが話題になっていたことを思い出す。その頃にはなくなっていた、鉄道技師だった祖父はニコマートの一眼レフと 50mm の単焦点レンズを持っていたので、写真については色々思いがあったのだろうと思う。段々と時代が進み、使い捨てフィルムカメラが登場してくる。調べてみると、写ルンですは 1986 年に発売開始している。よく旅行などで使っていたのはフラッシュ付きだったので、1988 年位のものだったと思う。右上のダイヤルでフィルムを巻き上げてシャッターを押す感覚を覚えている。
中学生になったときくらいに強く叩きつけることでフラッシュを動作させて驚かせるいたずらをしていた記憶がある。この頃はカメラを触っていたが、自分で写真を撮っていた実感はない。現像するのも自分ではなく、両親がやっていたもので出来上がりを見るので、自分の写真という実感がなかったのだろうと思うし、写真を通じて何か記録を残したい、ましては表現したいという思いがまだなかったのだろうと思う。
デジタルカメラ:金銭的不自由と記録の始まり
最初に自分でカメラを持ったという自覚があるのは 2002 年の 7 月に IXY DIGITAL 300a を手に入れたことだ。大学 1,2 年生の時だったと思う。古いデータを見ると大学のときの写真が残っている。デジタルカメラは現像にお金がかからず、遠慮なく撮影できるのが気に入った。このとき、私にとってのデジタルの価値は、金銭的な自由であった。四角く、わりと重かった記憶があったが、実際調べてみると 245g とそこまで重くない。その他のスペックは、画素数は 200 万画素、ISO は 400 まで、35mm 換算で 35-105mm までのズーム、F2.7 - F4.7 までのレンズだった。
Canon Canon IXY DIGITAL 300a ƒ/4.7 1/30 16.188 mm
2005 年、ソニー・エリクソンから出た Premini-2 を手に入れたこと覚えている。それまでは D 系と呼ばれるドコモの携帯電話を使っていた。一般的には N 系が人気だったが、小さい D 系は好きだった。それよりさらに小さい携帯電話でカメラ付きだったのがこの Premini-2 だった。この頃、MP3 プレーヤーも持ち歩いていたと思う。当時はそんな言葉はなかったが、小さいガジェットを持ち歩くのが好きだった。カメラの精度は約 130 万画素。決して画質は良くなくてブレブレの写真も多いが、いつでも持ち歩ける手軽さで色々な記録ができた。
DoCoMo SO506i ƒ/4 1/15 ISO 250
2006 年、思うように就職できずに大学院に進学した。これまでの交友関係は薄くなり、一人で時間を過ごす時間が多くなっていた。一般的には遅すぎるのだと思うが、この時期に自分の教養の基礎を固めていっていたのだと思う。この時に Canon IXY DIGITAL 70 を手に入れた。画質は 600 万画素に向上し、逆に重さは 140g まで軽量化した。わずか数 10 グラム程度の iPod Shuffle が出たのもこの頃だった。保存容量はどんどん大きく、また安くなり、電子デバイスはどんどん小型化をしていった。デジタル機器がどんどん進化していくのを体験できることが楽しかった。
Canon Canon IXY DIGITAL 70 ƒ/2.8 1/60 5.8 mm
2009 年、就職して働きはじめて給与が入ってくる様になって携帯電話を買い替えた。直接のきっかけは、FOMA という通信規格の移行だったと思う。N 系の携帯電話で、外側に赤色の LED で情報が表示できるのが気にいっていた。画素数は約 200 万画素で、あまり画像の進化はしていなかった。旅行に行く際は別途 Canon の IXY を持っていっていた。写メでメモを撮るということがどんどん一般的になっていった頃だと思う。
DoCoMo N705imyu ƒ/4 1/739 3.4 mm
デジタル一眼への挑戦:解像度との出会い
2009 年、職場のカメラが詳しいという人に相談して、デジタル一眼レフを購入した。NIKON D5000 という機種にした。一眼レフを値段も、知識も購入するのは敷居が高く、躊躇をしていた。本体は 560g で重かったが、1290 万画素であり、何よりちゃんとしたレンズを通じたが写真の解像度の高さは素晴らしかった。背景のボケも面白かった。夜中に近所を散歩しながら写真を撮ったり、遠出する時に写真を撮るのを楽しんでいた。とはいえ、どうやって写真を取るのが良いのか F 値などもわからず、適当にオートモードで撮影をしているだけだった。それでも楽しかったのは、誰かと一緒に何処かに行ったとしても、写真を撮る行為をする瞬間は一人になれるところだった。
NIKON CORPORATION NIKON D5000 ƒ/8 1/50 44 mm ISO 400
2009 年、再度携帯電話を買い替えている。iPhone 3GS の登場だった。画素数は 300 万画素に大きく上がっていた。ただ買い替えのきっかけは、いつでもインターネットメールが見れることだったり、Safari を使ってインターネットができることだった。色々な生産性向上について話されるようになり、ライフハックといった言葉が用いられていくようになったことを覚えている。iPhone の発売から少し経ってからだったと思うが、色々なエフェクトができるカメラアプリなどが出てくるのも楽しかった。
Apple iPhone 3GS ƒ/2.8 1/15 3.85 mm ISO 182
2010 年おそらく iPhone 3GS だと思うが、Instagram が登場してきて、フィルターをかけて写真を共有する文化ができた。web2.0 という言葉が出てきて、どんどん登場してくる Web サービスを使っていくのが楽しかった。インターネットが世の中をどんどん変えていくのを見て、自分も関われるようになりたいと思っていた。
2012 年、新卒で就職した会社をやめて web アプリ開発などのフリーランスとしての活動を始めた。ノマドと言われるカフェなどでノートパソコンを開いて仕事をするスタイルが注目され、私も似たような生活をしていた。カバンの中にノートパソコンがあり、カメラを持ち歩くのは難しく、小さいレンズ交換式の PENTAX Q を手に入れた。Tumblr という Web サービスが登場して、その中で掲載された写真に、PENTAX Q が写っていた。画素数は約 1240 万画素でだった。一方でセンサーサイズは D5000 の APS-C よりも小さく、1/2.3 型だったが、当時はセンサーサイズの違いなどよくわかっていなかった。ただ、絞り開放の面白さはちょっとわかり始めていて、PENTAX Q の単焦点レンズは面白かった。
PENTAX PENTAX Q ƒ/2.8 1/200 8.5 mm ISO 125
2012 年、iPhone 4 を手に入れた。確か、iPhone 4s に買い替えた人から譲ってもらったのだと思う。持った感じは3 GS のほうが、丸くて好きだったが、動きがキビキビ動く用になったのは嬉しかった。ちょっとした iPhone アプリを作ったりしたりした。画素数は大幅に向上して 500 万画素で、コンパクトデジカメともさほど変わらない画質になってきていた。
Apple iPhone 4 ƒ/2.8 1/195 3.85 mm ISO 80
2013 年、iPad mini を購入して写真を取っている。いまでは iPad mini で写真を取ろうと思わないが、新しい端末が出てくるのは楽しかった。画素数は 500 万画素で、おそらく iPhone 4 と同じくらいの画質だと思う。私は持っていなかったが iPhone は 5 が出ていて、800 万画素に向上していた。コネクターが lightning コネクターに変わったのもこの頃だった。Apple の新製品が登場するたびにインターネット上では大きな話題になっていた。
Apple iPad mini ƒ/2.4 1/479 3.3 mm ISO 32
2014 年、iPhone 5s に買い替えをしている。iPhone 5 と同じ 800 万画素ではあるが、f2.4 から f2.2 に明るいレンズになり、またセンサーサイズも 1/3.2 から 1/2.8 へと大幅向上している。とはいえ、カメラのスペックのことは全然わかっていなく、iOS 7への OS(オペレーションソフト)の変更を、体験してみたいという気持ちだったと思う。この時にスキューモーフィズムと呼ばれるリアルで立体感のあるアイコンから、フラットデザインに大幅に舵を切った。コンパクトデジカメを買う人は段々と減って来たように思う。
Apple iPhone 5s ƒ/2.2 1/30 4.12 mm ISO 80
2015 年、PENTAX Q の面白さはレンズ交換にもあることに気づき魚眼レンズを購入した。マニュアルフォーカスレンズであるものの、トイレンズシリーズとされ数千円で購入できたと思う。唐突ではあるが、90 − 00年代、スケートボードのビデオでは下からの魚眼レンズで撮影するのが流行っていた。友人たちとスケードボードのビデを撮影なども遊んでいたこともあったので、魚眼レンズにはこうした文脈でも興味があった。レンズを変えることで、世界が歪んで見えるのが面白かった。
PENTAX PENTAX Q ƒ/5.6 1/100 3.2 mm ISO 250
ミラーレスへ:記録と表現
2016 年、OLYMPUS PEN E-P2 と Panasonic LUMIX 20mm を手に入れた。これまでなんとなく写真を取ってきたが、自分の写真は下手だと思っていた。今でも上手くない思っているが、この時から練習して上手になろうという気持ちを持ち始めた。つまり、記録としてではなく、表現として写真を残したい気持ちが生まれてきていた。これは家族を持ったことも大きく関係していると思う。撮った写真を見返したり感想を言う機会が増えたことも影響していると思う。つまり写真というのは、撮影するだけでなく、自分自身が見たり、他者に見せたりすることで完成するものなのだと思う。
あとこの20 mm の単焦点レンズは非常に優秀で、明るくいい感じの画角で取れる。単焦点の開放で撮影するのが楽しくなった。なお、今はこのカメラのセットは子どもに貸している。子どもでも、子供向けのおもちゃに触れるよりは、本格的なカメラに触れた方が良いと思ったからだった。
OLYMPUS IMAGING CORP. E-P2 ƒ/1.7 1/200 20 mm ISO 200
2016 年、E-P2 に大きな不満があった訳では無いが、ファインダー越しに写真を撮りたい気持ちが強くなり、OLYMPUS E-M10 を手に入れた。今でも写真を撮る時はなるべくファインダーを覗きたい。一つの世界を切り取ろうとする時にファインダー越しで向こうの世界を狙う感覚が欲しい。マイクロフォーサーズの規格による小型化も大きくて、D5000 は重くて持ち運ばなくなっていた。このサイズであれば気軽に持ち出せること写真の上達には重要だと思う。
OLYMPUS IMAGING CORP. E-M10 ƒ/2.5 1/160 20 mm ISO 200
2020 年、時間を少し開けて 15mm の単焦点レンズを新しく購入した。LEICA DG SUMMILUX の写りを試したかったのもあるが、大きいのは子どもが動くようになり、20mm の遅いオートフォーカスでは厳しくなったのが理由だった。画角が広くなったのはちょっと慣れが必要で、今でも少し苦戦している。とはいえ、少し広角のほうが空間を切り取る意味では好きではある。
Olympus E-M10 ƒ/8.877 1/160 15 mm ISO 200
2020 年、FEMI PALM を購入してみた。動画を撮ってみたいと思ったのがきっかけだった。画角の広さは面白かったが、動画はあまり合わなかった。結局撮影しても見ないし、編集もしたいと思わない。またいつか、動画にも挑戦するかもしれないが、空間を切り取る写真とはまた別の、時間の流れを切り取る考え方が必要になると思う。
FIMI PALM ƒ/2.4 1/1539 ISO 100
2023 年、Sigma の 56mm の中望遠レンズも合わせて OLYMPUS E-M5MarkIII を手に入れた。きっかけは運動会の撮影だった。広角は楽しいのだが、運動会の記録をするには望遠レンズが必要だった。このレンズは今でもイベントごとの撮影に活躍している。明るいし、ズームレンズなのに小さいのが良い。また、E-M5MarkIII も大幅アップグレードで、電子ファインダーがとても見やすくなった。 画素数も 1,605 万画素から 2037 万画素へのアップグレードになった。家族の記録写真ではこれがメインカメラになっている。
OLYMPUS CORPORATION E-M5MarkIII ƒ/1.4 1/8000 56 mm ISO 64
E-M10 はどうなったかというと、ttartisan 25mm f2 のマニュアルフォーカスレンズと合わせて練習用カメラとして活用するようになった。25mm はマイクロフォーサーズ換算で 50mm になるので、標準レンズとして使いやすい。標準レンズのマニュアルフォーカスのレンズを持ち歩くことで、ちょっとしたタイミングで練習ができている。
50mm という画角は、なにか意識的に切り取る必要があるし、マニュアルフォーカスは意図的に被写体にフォーカスを当てる必要がある。つまり写真に意図を持たせる練習になる。f 値をコントロールする意味がより分かるようになった。
フルサイズの意味もよく分かるようになった。たしかにきれいなくっきりしたボケを得るにはフルサイズはとても有効だと思う。よりはっきりした写真を撮るにも有効だと思う。ただ、大型のカメラを持ち運ぶことは自分には合わないし、また機種もより高価になる。
OLYMPUS IMAGING CORP. E-M10 f/2.0 1/100 ISO 1600
フィルムへの回帰:受け継ぐもの
2025 年、他界した伯父からの Minolta TC-1 というフィルムカメラを譲り受けた。現在ではフィルムの値段は上がっており気軽には現像には出しにくい。ただ、一方で可処分所得も上がっており、そのくらいは捻出できる。いいタイミングだったのだと思う。フィルムカメラは当然だが撮影した時にどういう絵になるかはわからない。決められた枚数をきっちり撮って、時間をおいて映像が見れる。この経験は新鮮だった。また出来上がった絵も面白い。タイムスリップしたかのような感覚がある。高画質化が飽和になりつつある中で、フィルムカメラの味わい深さは新鮮に感じる。
加えて、生成 AI による世の中の影響を考える。2 つのことを思う。一つは今の iPhone や Google Pixel のカメラの写真は本当に現実を移しているのか、という疑問だ。これらのスマートフォンは、とても高度になり、画像補完を超えるレベルの調整を行っている。フィルムは化学反応で、デジタルは計算処理である。昨今の AI の発展を見ると計算処理の中身の把握は人の手を離れつつあるように感じる。そう考えると一つの仮想写真のようにも思えてくる。もう一つは、生成 AI 全般の技術発展と、それによる人間の変化(いわば退化)について考えさせられることだ。AI に次にやるべきことを聞けば聞くほど、自分で考える力が奪われているような感覚に陥る。もちろん便利なので、これから離れることはできないが、一方で自分の審美眼までそれに寄せてしまってよいのかという思いがある。
フィルムカメラを撮ってみて思ったことは、光の扱い方や色を意識するようになった。最近のデジタルカメラはシャッタースピードは 1/8000 で、ISO も 6400 まで挙げられる。一方で TC-1 はシャッタースピードは 1/350 程度、ISO はフィルムなのでだいたい 400 くらいだ。どうしても光に対して敏感にならざるを得ない。加えて、フィルムカメラを使うことで、色の変化を意識するようになる。こうした新しい感覚に触れられることが、フィルムカメラの楽しみになっている。
Minolta TC-1
おわりに
デジタルテクノロジーがどんどん進化する中で、私にとってカメラとの関わりは始まった。どんどん世の中も便利になった。とうとう AI のような技術が登場し、大企業が過剰なまでの投資を行うようになった。そうなればなるほど、自分たちの手の届く範囲での利便性の向上だったものが、どんどんと手から離れていくように感じるようになった。そうした中で伯父から譲り受けた TC-1 を手にするとき、技術がまた少しだけ、自分の手に戻ってきた気がする。まだ、写りは全然手に負えないのではあるが。